シマグワ
沖縄ではクヮーギと呼ばれていて、葉は養蚕に使用される。幹は沖縄の三線の棹の材料となります。若葉は食用になります。実はクヮーギのムックーといって子供の頃はよく摘んで食べたものです。口の周りや指先、着物の袖まで真っ赤に果汁に染まってしまい叱られた記憶があります。

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高さ3~10m位になり、冬には落葉することがあります。葉は、木が若い時には不規則に裂けるなど、成木の卵形の葉とは見かけが異なることがあります。


ずいぶん前のことだが、

  向いの村営団地に住む子供達が小さな  広口の壜と紙づつみを持って走ってきた。そして「おじちゃん、ジャムを作ったから食べて」とその広口の壜と紙包みを「ハイッ」とさしだした。

  壜の中には桑の実が潰されて入っている、紐で閉じ結んだぐしゃぐしゃの紙には丸や四角や星型にくり貫いた小さなクッキーが包まれていた。ありがとうと受け取り、庭のテーブルを皆で囲んだ。すると子供達はテーブルの上の腕に顎をのせて私の顔をジィーと見上げて

 「ネェ、食べて見て」、

 「ネェー」

 と急き立てる。

  ジャムは壜に桑の実を入れ、水を加えてスプーンかなにかで突ついて潰しただけのように見える。はて、このまま口に入れていいものかどうか、ちゅうちょしていると

 「ネェ食べて、食べて」

 と上目づかいに催促する。スプーンですくって口にいれてみる。やはり、火にかけていないようだ。水っぽい。困っていると、頬杖のまま子供達は

 「おじちゃん、おいしい?」と聞く。

 「ウ、ウン」、「ウン、美味しい」

 と言うと、子供たちは目を輝かせて、

「お菓子も食べて」

 という。お菓子は見た目にも焼けているので安心して一個ほおばった。幸いにお昼をとり損ねて、お腹をすかしていた私には小さなクッキーがずいぶんと美味しく感じられた。

 「美味しいね、誰が作ったの」

 と聞くと一番年上の女の子が

  「家でみんなして作った」という。

 「良くできたね」と言いながらまてまて、この子の両親は仕事に行っていて家には子供達だけのはず。火の後始末は大丈夫だろうか、戸締りは?……と頭の中はジャムやクッキーを離れてしまう。なにしろ年長の子でもまだ3年生だ。つい心配になってきたのである。「大丈夫! おじちゃん、火はちゃんと消してきたから」と子供達。子供たちは感が鋭い。

 ついつい、余計なことを考えてしまい、せっかく作って来てくれたお菓子やジャムのことを脇に置いてしまった。子供たちの気持ちを汲んで素直に喜べばよかったのにと後悔した。

 子供達にはジュースとクラッカーをやり、私は子供達のクッキーにジャムを載せて美味しい、美味しいと食べて見せた。クッキーはよく焼けている。レシピを見ながら焼いたというが子供達にしてはなかなかのものである。 

 形がいびつなものがあってつまみあげると、それは「○○ーが作ったんだよー」と大きな笑いがおきる。すると○○はどうしてそうなったかを得意そうに長々と解説をしだす。まだ幼稚園かもしれないその小さい女の子は一生懸命「あのね、こうやってね………」と手で小麦粉をこねるまねをしたり、手のひらで丸めたりしてみせる。子供たちには屈託がない、実に活き活きしている。子供の話しに加わっていると、小さなクッキーがなにかしら高級なお菓子に変わってしまう。水っぽいジャムでさえもフランスやイタリアの一流店のジャムはこういう味なのかも知れないと思えて来たりする。

 食べるのに勇気のいるジャムとほんの少しのクッキーではあったが子供たちの優しさが伝わってくる幸せな時間であった。

 その時、雨ざらしのテーブルはシャンゼリーゼ通りのカフェのテーブルへとかわっていった。