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 地を這ったり、曲がりくねったりしやすい蓬も麻の中に育つと麻と同じように真直ぐに育っていくことから、人も環境しだいで良い方向へと導かれて育っていくことのたとえ。

 

蓬生麻中不扶而直……故君子居必擇郷。遊必就士。所以防邪僻而近中正也。

 

 妻から聞いた話である。

 子供たちが4人ほど女の子を先頭に枯れたススキの穂と小さな草花を持ってきて、「先生ハイッ」と妻に手渡した。

 そしていつものように妻が用意したお茶の道具を囲み、お茶を立てて飲んで帰った。

 妻は子供たちが帰るともらった花束を小さな陶器の花入れに挿した。

 それから数日たって、この子達がそろって来た。そして、脇にあった座布団を妻の前に敷き、「先生座って・・・」という。子供たちの言うままに座布団に座ると、子供たちが並んで正座をし、「先生、お花を活けてくれてありがとう。」と手をついてお辞儀をしたという。

 この子達は、お花を持って来た日以後も幾度か訊ねて来た。そして自分たちが持って来た花がテーブルの上を飾っているのを見たのである。子供たちはそのことに喜びを感じ、妻への感謝の表現となったのだった。

 この子たちと妻の出会いは教育委員会の依頼で茶道についての話しをしたことである。

 話しが終わると

 「先生!これからも来ていいですか」

と一人の子が言う。

 「どうぞ」と妻は答えたのである。

 それからは毎日のように子供たちが入れ代わり立ち代り来るようになった。それがいまだに続いている。ただ、今では金曜日だけということにしているのであるが、ときおり火曜日や水曜日など違う曜日にも来たりする。 

 女の子だけでなく男の子も来る。お茶にはお菓子がつきものである。はじめの頃はお菓子が目当てかとも思ったのであるが、そうではないことがわかった。お菓子だけを食べさせて帰そうとすると、なにやら不満そうな顔をするという。茶室でお茶を立てて飲むという行為に子供ながらもお茶の心を汲みとっているのかもしれない。

 妻は優しい。仕事が立て込んでいたことがあって、「今日は忙しいからこの次にね」と帰したことがあるそうだ。だが子供たちのがっかりした後姿を見て自分の都合だけでこの子たちの楽しみを取り上げてしまったことに後悔した。それから後、妻は訪ねてきた子供たちを帰したことがない。

 妻の子供たちへのこのような接し方が、子供たちにも伝わり、お花を持ってくることにつながったのであろう。お花だけではない。手紙を書いて来たり、私たち夫婦の似顔絵を書いて来たりしてくれる子もいた。子供たちの感受性は素晴らしい、それは素直だ。優しく接すれば優しくなり、私たちの喜びもともに喜んでくれる。美しいものにふれさせれば素直に感動し、いたわってやれば年下の子を慈しむ。

 子供たちは全てのものを疑うことなく受け入れるのである。これは知念の子供に限ったことではあるまい。都会の子供たちだって全てを素直に受け入れて育っているのだ。素直さゆえにまわりの環境に影響される。麻中の蓬のように。