ある日のこと、新聞の折り込みチラシを見て、「紳士服の店Aで背広や上着を割引き価格で販売しているようだから行ってみない?」と妻が言う。平日だ、人出でごった返すこともないだろうと思い買い物に付き合うことにした。電気調理器具の廉売をしているということでまずBスーパーへ行った。1900円のミキサーを20台限定で売っているという。売り切れたかも知れないと思って行ったのだが、売り切れているどころか、2ヶ所に70台ほども山積みにされている。『な~んだ』と思うと同時にいっぱい食わされたような気になった。なぜなら、たまにしか那覇のデパートやスーパーに出て来ない私たちにはいろんなものが目に入って余計なものを買い込んでしまいそうなのだ。実際、そのスーパーを出るときには両手の袋いっぱいに品物が詰め込まれていたのである。

 それだけではない。

 妻の本当のお目当ては私の夏物の上着だったようで、すぐ近くのB店へ行った。実のところ既製服が体型に合わない私は服を買いに行くのがいやなのだ。最近はお腹がせり出してきてますます合う服がなくなってきたからだ。袖丈を合わせると首回りがきつく、服の前ボタンが留められない。胴回りに合わせると袖丈、着丈が合わないのである。スタイルの良くなった若者達に合わせるようになってきた既製服は胴長・短足の典型的な旧型の沖縄人。そのうえ、腹のせり出してきた私にぴったりの服は見つかりっこない。これも合わない、あれもだめと言っているうちに背丈の低い自分に悲しくなってくるのだ。しかし妻が執拗に言うので安売りで3千円ほどのブレザーなら買ってみて気に入らなければ着なければいいやぐらいの気持ちで出て来たのである。

 確かに店の入り口にはずいぶんと安いブレザーが陳列してある。しかし、サイズが揃っていない。いや、店の側からすれば意図をもって揃えていないのだ。安売りの服だけが売れたのでは店としては成り立たない。そして店員はこう云うのだ「申しわけありません、お客様に合うサイズは売り切れてしまいました。少々お値段がはりますが奥の方にはご要望のサイズがございます。どうぞ奥のほうへ」

 店員の言うままに奥へ行った。色・柄・品の良い商品が並んでいる。ついつい客はそれらを見比べて品の良い高い値段の物を買ってしまう羽目になる。それが店の狙いなのだ。

 案の定私たちもその術中にはまってしまった。店員の勧めるままに奥へ奥へと進むうちに予算以上のものを買ってしまうことになった。おまけに「ブレザーにあったズボン等如何ですか」という店員の言葉にのせられてズボンやシャツまで包ませてしまった。

 餌に飛びついて釣り上げられた魚のようなものだ。
IMG_2073

 今日も箪笥の服を整理しながら、狭くなってしまった冬物のシャツや上着を処分しようかどうしようかと聞いてくる妻に「そのうち運動をして着られるように頑張るから」と私は答える。捨ててしまったのでは今年の冬にも再度釣針にかかってしまうかもしれない。むやみやたらに餌に飛びつくのは止そう。少し努力すればまだ着られる服はいっぱいあるのだと、今年もまた去年同様決意を繰り返し妻に伝えた。

餌無くんば魚を得ず                    ・・・・・・・・淮南子

餌をつけなければ魚は釣れない。

 

一目之羅不可以得鳥。無餌之釣不可以魚。遇士無礼不可以得賢。

 

一目しかない網で鳥を捕捉することはできないし、釣針に餌をつけないのでは魚も釣れない。それと同じように秀でた人に遇って礼を尽くすことをしないのでは賢人を得ることはできない。